信じられる者が居るというのは、

幸福な事だ。



地獄の沙汰もラビリンス








――――山奥。



「おいおい、ジェイド。こりゃ…マズイんじゃないか?」

「……残念ながらそのようですね」



二人はPTから離れて山奥に居た。
と、言うより…


遭難していた。



「なーんでこんな事になっちゃったのかなー?ジェイド君」
「何故でしょうね。どこかの誰かさんが、珍しい動物を見つけたとかで、
夢中でそれを追いかけて行ったのを覚えてますがね」
「俺の所為だと言いたいのか」
「それ以外に考えられませんが。」
「何!?あの時なんでお前が止めてくれなかった」
「冗談は止めて下さい。止めて止まるなら止めてますよ」

「「…………はぁ…lll;」」


互いに顔を見合わせた後、二人揃って溜め息を吐いた。


「兎に角、このままでは参りますね。最悪の場合、餓死するのがオチでしょうか」
「あぁ。とりあえず川を探すか」

「…古典的では有りますが、水が無ければ確かに危険ですね。
彼らとは完全に逸れてしまっているようですし、
この森から出なければ、彼らに見つけてもらうのは不可能に近いでしょう」
「全くだ…ったく」
「全く。誰の所為でしょうね」
「……」


二人はさくさくと何処へとも無く歩き始めた。

途中、ジェイドが通る木に判るように印を刻んでいく。




「この辺の魔物って…結構強かったよなぁ」
「ええ、そうですね。あまり油断しては命取りになるのは間違い有りません」
「よりによって俺とお前だけじゃ、まともに回復出来ないな」
「深手を負っては、朽ち果てる道を選ぶしか無さそうですね」
「馬鹿野郎。縁起でもない事言うな」

ケロッとした顔でとんでもない事を述べるジェイドだが、
ピオニーもまた、心底怯えた様子も無く、冷静な会話が続いた。





適当に歩き回っているようで、実は日の動きを見て進んでいた二人は、
やがて水流のある場所に辿り着いた。



「漸く、川か」
「もう日が沈みます。今夜は此処で野宿して、明日の朝また動くのが懸命ですね」
「夜は魔物が出やすいしな」


川辺に腰を下ろしてピオニーは休憩を取り出した。
ジェイドは辺りの地形を記憶し、日の沈む方向で方角を確かめた。

そしてピオニーの傍まで来て、ピオニーの方を見ず、どこか遠くを見て話し始めた。


「今夜は私が見張りをします。陛下はお休み下さい」
「ちょっと待った。なんで見張りはお前だけなんだ。お前だって疲れてんだろ」

「陛下。私が居て、どうして陛下に見張りをしろと言えるというのですか」
「だーかーら、お前は馬鹿なんだよっ」
「私は疲れていませんよ。」
「そーだとしても、お前は、俺の臣下である前に、俺の幼馴染だぞ。
此処には俺とお前しか居ないんだ。陛下って呼ぶな。敬語を使うのもやめろ。」

「……無茶を仰いますね。誰か他の者が居ないとも限りません。
迂闊にそのような…     ――

        何か居ますね。魔物…でしょうか?」

「…ッ!!」

ガサッ ガサッ!!


突如背後の木陰から現れたのは、
             ―――狼の大群。




「…噂をすれば、なんとやら…か」

「これだけの数…気配を全く感じませんでしたね」
「黒幕…というより、寧ろこいつ等自身の…」
「気を引き締めないと、痛い目に遭いそうですよ」
「んなこた、判ってる」


ガルルル…ッ

狼達の行動は素早く、10匹もの大型の狼に瞬時に囲まれてしまった。
狼は少数で統率の取れた動きをする動物。
二人対10匹は、相当厳しいものと言えた。


「とっとと片を付けようじゃないか」
「短時間で片すには、少々身に堪えますね」


「やるっきゃねーだろ!」

ピオニーが武器を構え、駆け出したのを合図に、戦闘は開始された。


「おらぁ!」


ピオニーが向かった先には4匹の狼が居た。
その前方から、4匹とも纏めて攻撃が届くように大きく短剣を振るった。

最初は向こうも激しい抵抗を見せた。

                 ―――――業火よ  焔の檻にて焼き尽くせ!

       ――――イグニート・プリズン!!!!

ピオニーが4匹相手に攻撃を繰り広げている間、ジェイドが詠唱し、ピオニーと同じ敵を狙う。

ジェイドの強力な譜術をもろに喰らって、怯んでいる狼達。
その足元に、火のFOF。
ジェイドとの連携は、ピオニーにとって、最も戦力を上げるもの。

――火竜の猛攻

    ――――昂破 炎龍拿!!!!

前方に居る4匹だけでなく、その周囲全般に居る全6匹を巻き添えに、
ピオニーの特殊FOF技が炸裂した。

周囲は一瞬猛火に包まれ、粉砕された大地の欠片が舞い、
激しく狼達を打ち付ける。
その技を喰らって、横転する狼が2・3匹居たほどだ。

その隙を狙って、ピオニーが再び攻撃を仕掛ける。
ジェイドは一度発動した後、振り返ってもう片方にも譜術を放つ。

――――大地の咆哮   其は怒れる地竜の爪牙!

          ――――グランドダッシャー!!!

そして、譜術が終わり、FOFが発生する前に、
即座にまた詠唱に入る。

――――この重力で悶え苦しむがいい

                 グラビティ!!


連続で譜術を喰らって、軽い脳震盪を起こしている狼達を尻目に、
ジェイドは再びピオニーの援護に回る。




          ―――――――――


そんなループを繰り返していると、やがてTPにアイテムを消費するようになり、
戦いが予想以上に長引いて、TPを回復するアイテムが底を尽きてしまった。





「はぁ…はぁ…  まだ倒れないのか…」

「…くっ、 思ったより手強いですね」


「マズイぞ。やつら、まだ3匹も残ってるぞ…」
「いい加減、こっちも体が持ちませんね」
「はっは、全くだ…」

「専門の回復役が居ないと…やっぱキツイな」
「当たり前…  陛下ッ!!!」

                 ――――ザシュッ!!



突如、残った狼が一斉に飛び掛ってきて、ピオニーに集中攻撃を仕掛けようとしたところ、
それに気付いてジェイドが庇ったのだった。

だが、大型の狼の攻撃をほぼもろに喰らい、
ジェイドは腹を負傷してしまった。

腹部の傷は深く、夥しい量の血が流れ出していた。

「    ジェイド!」

ピオニーは一瞬目の前が真っ暗になったが、すぐに気を持ち直し、
血の臭いを嗅いで目をぎらつかせている狼達を一瞥し、
思考を巡らせた。


「陛下…ご無事…ですか」

「あぁ、お陰でな。あまり喋るなよ。腹の傷が酷い」
「逃げ…た方が  懸命 でしょう」
「走れるか?」

狼達がジェイドの傷をじろじろと見つめている。


「…っ 行きましょうっ」
「ぁあ、仲間を呼ばれでもしたら、一貫の終わりだ」


次の瞬間、二人は狼達に背を向け、森の中に向かって疾走し始めた。

狼達はそれを見て、血に飢えた体を奮い立たせ、
二人の後を追い始めた。









          ―――――ザッザッ 




      ――ザッザザッ





森の中をひた走るが、
負傷しているジェイドと、戦闘疲労の激しい前衛に居たピオニーは
思うように加速できず、どんどん減速していった。

そこそこ離れたところまで辿り着いて、周囲にある大木の木陰に身を潜めた。

「ハァッハァッ…」

「…ッ」

「クソッ、此処まで来れば一先ず安心…か?」
「 油断は出来ませんよ…。止血をしたところで、彼らは本能的に血の臭いを嗅ぎ分けます。
一時凌ぎ、にさえなるかどうか…」

と、ジェイドが言った途端、ピオニーが非常に慌ててジェイドの肩を強く握った。
その軽い衝撃にジェイドの腹の傷は痛んだわけだが…

「止血しねーとっ!」
「…ぇ ぇえ。分かってます。しかし、グミも無ければ 包帯もありません。 然程深くもありませんし、抑えていれb…」

「…んの馬っ鹿野郎ッ!!」

急に怒鳴ったピオニーの声に目を見開く。

「な…何なんですか貴方は…」

「お前は…! いつもそうやって、自分を後に回しやがる…」
「この際、  私を置いて 逃げて下さった方が、 私としては 有難いですが」
「けっ、冗談じゃねぇ。お前を置いていく位なら、一緒にくたばった方がマシだ。
兎に角、ファーストエイドじゃどーにもならん。詠唱、出来るか?」
「…ええ」

―――サンダーブレード!

渾身の力を振り絞って風のFOFを足元に発生させる。

「すまない」

ピオニーは一言言って、詠唱を始めた。

――――癒しの光   ヒール


柔らかい光が二人を包む。
ジェイドの傷から流れていた血が少しずつ止まり、傷が癒えていく。
だが、外傷は消えても、疼くような痛みと熱は未だ引かずにいた。


「これは、傷痕が残るな…」
「構いませんよ。 消えない傷痕なんて、既に幾つも有りますから」
そう言って、ジェイドは再び立ち上がった。
「行きましょう。 いつまでも此処に居ては、追いつかれてしまいます」
「あ、あぁ…」


木陰から出て、二人は再び逃げ道を辿り始めた。


傷が疼く中、それをピオニーに察せられないように、ジェイドは顔色一つ変えず、速度も変えずに走った。


「おい」
「何ですか?」
「…傷、まだ痛むんじゃないのか。無理をすr  「いいえ…」
「痛みはもう引きましたよ。先ほど、陛下が治癒して下さったじゃないですか」
「あれだけの傷だ。痛みは残っている筈だ。」
「早く行きましょう。追いつかれては元も子も有りません」

先を急ぐジェイド。


――― 判っていた。 幾ら痛みを隠しても、ピオニーにはそれを見透かされている事を。
         それでも、少しでも誤魔化せるなら、
                    少しでも  要らぬ心配を掛けずに済むなら、

        見え透いた茶番を 続けたい




痛みを庇っている風でもないジェイドを見て、ピオニーは益々苛立ちを覚えた。
しかし、それを言ってしまうのは、ジェイドにとっても、自分にとっても、良い事ではないと、知っていた。

走りながら考えた。

(…ったく、コイツは…  もう少しだけ茶番に付き合ってやるよ)






すっかり夜が更けて、恐らく時は深夜。

樹の生い茂る森の中。
さすがに走り続けて、二人は疲労が蓄積していた。


「血の臭いが途切れた所為でしょうか。もう追って来る気配がありませんね」
「あぁ。 しっかし、この森、何処まで続いてるんだ…」
「走っている間に、外に近づいていれば良いのですが」
「あー止めだ止めだ。明日考えよう。今は休もう。お前も…いい加減辛いだろ」
「何の事でしょうか」

「茶番はもう終わりだ。まだ、痛むんだろ」
「本当に、もう大丈夫ですよ」


近くに丁度良い大木の洞を見つけ、その中で、風を凌ぐ事にした。
その中にそそくさと入り込んで、二人並んで座り込んだ。


「今日は災難だったな… 明日はちゃんと外に出られると良いんだが…」

「えぇ… そう ですね…」
ジェイドは既にうとうとしていた。

「お前にも大変な思いをさせちまったな。すまない…」

「…… ぃ ぃ ぇ … 」

「?なんだ。何か言いたいなら言え」



「…  って オイ。      じぇいどーー?」


そしてそのまま、隣に座ったピオニーの肩に凭れ込んで、

   一瞬で寝てしまった。



「  寝ちまった…  まぁ、良いか…」

自分の肩に乗った、穏やかな寝顔。

「いつもなら、見張りがどーのとか、言い出すクセに。よっぽど疲れたんだな…」


寝息をたてている者を、愛おしそうに見つめる。
髪に手を掛けて、梳いてやる。
そのまま頬を撫で、唇を撫でる。
呼吸が楽になるようにと、詰襟のホックを外す。

傷が付いた腹部を優しく撫でてやり、

頭を抱くようにして、額に優しく唇を落とす。




「どうすれば、お前は無理をせずに済むんだろうな」


――― こんなにも、 愛おしいのに、  自分の所為で、無理をさせてしまう。

        こんなにも、大切なのに…

             皇帝と臣下という 身分の違い… ただそれだけで
     自分の大切な人一人、まともに守ってやれない。

「……俺は… 」

 ジェイド、 お前が好きだ。


                                     その想いだけじゃ、 ダメなのか…




隣でまだ寝息をたてているジェイドを見て、

苦笑を浮かべ、自分もやがて、眠りについた。










「――― ぃか  陛下。起きて下さい。陛下」

「ぁあ? なんだ、ジェイドか」

「なんだじゃ有りませんよ。早く起きて下さい」
「! そうだ、傷は!?まだ痛むか?」
ピオニーは思い出したようにそう言って、飛び上がってきた。

そんなピオニーを見て、ジェイドは少し驚いたような顔をして、苦笑した。

「ご安心下さい。もうすっかり痛みが引きました」
「そうか!良かった」

翳りの無い笑顔をジェイドに向ける。
そして、それ以外の事に半覚醒だった頭を目覚めさせ、ジェイドの方を注意深く見ると、
視界に何やら見知らぬ顔が。

「えーっと、どちら様で?」

「偶然通りかかってくれたんですよ。森の道に詳しい方です。
私達を外まで案内して下さるというので、お言葉に甘えようかと思うのですが」

「本当か!!!願っても無い!有り難い!是非お願いしよう」











そうして現れた一人の木こりによって、二人は無事、森から脱出するのに成功した。


外に出てから現在位置が判明し、近くの村に宿を取って二人を捜索していたルーク一行と漸く合流を果たした。
皆口々に、何処に行っていたんだとか、何をしていたんだとか
心配したとか、死んだと思ったとか、諦めようとしていたとか、
思い思いの事を言ってくれたが、

当のピオニーは全く聞いておらず、
ジェイドは只管、溜め息を漏らすばかりだった。


「おいジェイド。あんまり溜め息ばっかり吐いてると、幸せが逃げるぞ」


「……   はぁ… lll;」


以後、ピオニーが一人で勝手に行動した時は、全員で必死についていく事にしたという。




(あれ、 良く考えたら、 久しぶりに二人っきりになれたのに… 
   くそっ!! 大損したっ!!!
          もっと二人きりを満喫すれば良かったぁあーーーッ!!)

などとピオニーが最後に嘆いていた事など、

誰も知る由がないのであった…。








---------------------------------------------------------------
読んで下さって、ありがとうございました!!

山無しオチ無しの最低な一話になってしまいました!!(滝汗
短編、という割りに、スクロールが長くなってしまって、申し訳ありませんlll;
しかも、あんまり甘くも辛くもない…orz

ホントは陛下の秘奥義でも出してみようかと思って書いてみたんですが、
ストーリーが予定より大幅に伸びてしまって、
結局大事な戦闘シーンは中途半端に途切れてしまいました(´A`;

書けた部分は、ジェイドとピオニーがお互いに気遣い合っている、という事くらいですかね。
二人はお互いにホントに大事に思い合っていると良いです。
いつまでも平和ボケしてれば良いと思います。(笑



08/1/26(Sat)